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大阪地方裁判所 昭和60年(行ウ)72号 判決

原告

植 田   肇

右訴訟代理人弁護士

辻   公 雄

井 関 和 雄

大 西 裕 子

木 村 哲 也

原 田   豊

伴   純之介

松 井   元

松 尾 直 嗣

森 谷 昌 久

井 上 善 雄

小 田 耕 平

桂   充 弘

國 府 泰 道

阪 口 徳 雄

斎 藤   浩

吉 川   実

被告

大阪府水道企業管理者

川 上   勇

右訴訟代理人弁護士

宇佐見 明 夫

宇佐見 貴 史

右訴訟復代理人弁護士

森 戸 一 男

右指定代理人

中 山 義 英

岡 藤 純 一

西 辻 達 也

水 本 行 彦

主文

一  被告が、原告に対し、昭和六〇年三月一日付でした公文書非公開決定処分を取消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、大阪府(以下、単に「府」という。)の住民であり、被告は、府水道事業を管理する者で、府公文書公開等条例(以下「本件条例」という。)二条四項の実施機関である。

2  本件処分の存在と不服申立経由

(一) 原告は、被告に対し、昭和六〇年二月一五日、本件条例七条一項の規定に基づき、次のとおり、公文書の公開を請求した(以下、これを「本件請求」という。)。

(1) 公文書公開の実施方法

閲覧及び写しの交付。

(2) 請求に係る情報の内容

府水道部が、昭和五九年一二月(以下「本件期間」という。)に支出した、会議接待費、交際費(水道部の説明によると懇談会費用)について、その支出年月日、支払先、金額、出席者名、会議の目的の各件別の明細を示す関連文書(経費支出伺、請求書、支払伝票、領収書、その他関係帳薄)。

(二) これに対し、被告は、同年三月一日、原告に対し、水総第六四〇号の非公開決定通知書をもって、本件請求に対応する公文書の件名を、「支出伝票」と特定のうえ、右文書(以下、右支出伝票と、これに添付の後記債権者請求書及び経費支出伺を、「本件文書」という。)を、以下の理由で、非公開とする旨決定し(以下「本件処分」という。)、同月四日、原告に対し、右通知書を送達した。

(1) 本件条例八条一号に該当する。すなわち、本件請求に係る情報である支払先、金額、支出年月日は、支払先である法人及び個人の事業に関する情報であり、公開することにより、営業者の取引上、経営上の秘密が明らかとなり、事業活動への支障を生じ、当該営業者の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある。

(2) 本件条例八条四号及び五号に該当する。すなわち、本件請求に係る情報は、府水道企業の事務事業のために行う関係団体等との企画、調整、交渉、渉外等に関する情報であり、公開することにより、関係団体等の理解、協力が得られず、府水道企業にとっても関係団体等との信頼関係等を損なうことになるなど、今後とも継続する事務事業の公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼすおそれがある。

(三) 原告は、本件処分を不服として、同年四月一七日、被告に対し、異議申立をしたところ、被告は、同年七月一一日、右異議申立を棄却する旨決定し、その決定書は、同月一二日、原告に送達された。

3  本件処分の違法性

しかし、本件処分は、本件文書が、なんら本件条例の非公開事由に該当しないにもかかわらず、該当するとしてなされた違法なものである。

4  よって、原告は、本件処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2の(一)の(1)の事実は認めるが、(2)の事実は否認する。本件請求に係る情報の内容は、「昭和五九年一二月に府水道部が支出した懇談会費用について、その支出年月日、支払先、金額、出席者名、会議の目的の各件別の明細(第七次拡張事業分を含む。)」というものであった。

(二)  同2の(二)、(三)の事実は認める。

3  同3の主張は争う。

三  被告の主張

1  府水道部の事業内容と本件文書の成立経緯・内容

(一) 府水道部の事業内容

(1) 府水道部は、府の機関であって、上水道、工業用水道事業を営むものであるところ、府では、増大する水需要に対応するため、昭和二三年から本格的な上水道の拡張事業に取り組み、以降、総事業費一九二三億円を費し、六次にわたる拡張事業を行い、現在では府下二九市七町に日量二〇〇万立方メートルにのぼる飲料水を供給すると共に、工業用水の供給事業についても昭和三四年以降現在に至るまでに総事業費三四八億円を費し、日量八五.五立方メートルの工業用水を供給しているが、水需要は、益々増大しており、それに対処するため、第七次拡張事業(以下「本件事業」という。)を計画し、昭和五五年度からその事業を推進している。

(2) 本件事業は、昭和七〇年度を目途として、府下三〇市一〇町一村に豊富、低廉かつ清浄な飲料水を供給するため、総事業費二七九〇億円(国庫補助金、企業債、一般会計出資金等を財源とするもの)をかけて行なわれる大規模事業であり、この事業が完了すれば、大阪市を除く府下の飲料水需要の約八割、日量二六五万立方メートルの水を府営水道が供給することになる。右事業は、昭和五九年度だけをみても、事業費一一五億円を費やして、浄水池の建設、送水管の敷設、用地買収等様々な事業を行っているものであり、府水道部は、かかる事業の推進、財源の確保のために種々の関係者と渉外、交渉、調整のための会議・懇談会を開催し、その経費を会議費として支出している。

(二) 本件文書の成立経緯・内容

(1) 右(一)のような府水道部の事務・事業の遂行上、経費を伴うべき会議・懇談会を開催する必要がある場合については、その会議・懇談会を主催する課において、支出科目を会議費として、会議・懇談会の開催目的、日時、開催場所、出席予定者数、予定金額等、事務処理上必要とされる事項を明示した経費支出伺を作成し、主催課の課長及び総務課長の決済を経て、部としての公式な意思決定がなされる。

(2) 右(1)の手続を経て、経費を伴う会議・懇談会が開催された後に、債権者(会議・懇談会会場営業者)から当該費用についての請求書が送られてくると、主催課では、右請求書(以下「「債権者請求書」という。)を添付した支出伝票を発行し、課長代理が、右支出伝票と前記経費支出伺とを一体として内容をチェックのうえ決済し、右決済後、府水道部会計規程により金銭出納員に指定されている会計課長に支出伝票が回付され、内容をチェックのうえ、債権者が希望する支払方法にしたがって支払われる。

(3) 右(2)の支払手続を終了した支出伝票(債権者請求書、経費支出伺添付のもの=本件文書)は、発議課に返送され、保管されるが、このような書面の作成目的、性質上から、本件文書には、懇談会費用の支払先、支出金額、支出年月日、請求年月日、請求明細、懇談会開催日、開催目的、出席者数(以下、これらを「支払先等」という。)が各件別に記載されている。

2  本件処分の適法性について

本件文書は、次に述べるとおり、公文書公開制度の適用除外条項である、本件条例八条一号、四号、五号に該当する文書であるし、また、右適用除外事項にかかる部分が容易に、かつ公開請求の趣旨を損なわない程度に分離できるものでもなく、本件条例一〇条に定める部分公開もできない文書であって、被告がこれを公開しないとした本件処分は適法である。

(一) 本件条例八条一号該当事由

(1) 本件条例八条一号は、「法人その他の団体(以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、公にすることにより、当該法人等又は当該個人の競争上の地位その他正当な利益を害すると認められるもの」に該当する情報が記載された文書は公開しないことができる旨を定めており、当該文書記載の情報が、(イ)法人等に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であること、(ロ)公にすることにより、当該法人等又は個人の競争上の地位、その他正当な利益を害すると認められることの二要件を充足するとき、実施機関は、これを適法に公開しないことができることが明らかである。

(2) そこで、まず、本件文書が、右(イ)の要件に該当するか否かについて検討すると、前記1の(二)のように、本件文書には、その性質上、懇談会費の支出先、事業者の氏名、支払金額、請求明細等、支払先事業者の取引内容、営業上の情報を具体的かつ詳細に明らかにする情報が含まれており、これらは、接客業者の接客事業そのものに関する情報であることが明らかであって、本件文書が前記(イ)の要件を満たすことは明らかである。

(3) 次に、本件文書が、前記(ロ)の要件に該当するか否かについて検討するに、接客業においては、顧客先、その利用内容(請求金額、単価等)、集金状況等が、その営業の実態を端的に示す重要な部分であり、接客業の営業方針、営業内容の重大な部分を占めていること、また、接客業においては、その顧客及び利用内容をみだりに他に公表しないことが信用の重要な部分であり、それによって事業活動が確保されていること、しかるに、本件文書を公開するとすれば、このような当該接客業者の取引上・経営上の秘密、ノウハウ等が侵されるうえ、顧客及び利用内容を他に公開することになり、接客業者の名声、社会的評価の低下につながること、なお、このことは過去に接客業において、取引関係が公になったことにより廃業し、店名変更を余儀なくされた事例が存することによっても一般的に明白であること等からすれば、本件文書記載の支払先等の情報を公開することにより、支払先である接客業を営む法人等又は個人の営業の妨害となり、同業者間の競争上の地位を害し、その他正当な利益を害することが明らかである。

(4) したがって、本件文書記載の支払先等の情報は、本件条例八条一号に該当する。

(二) 本件条例八条四号、五号該当事由

(1) 本件条例八条四号は、「府の機関又は国等の機関(以下「府機関等」という。)が行う調査研究、企画、調整等(以下「調整等事務」という。)に関する情報であって、公にすることにより、当該又は同種の調整等を公正かつ適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれのあるもの」に該当する情報が記載されている文書は公開しないことができる旨を定め、また、本件条例八条五号は、「府機関等が行う取締り、監督、立入検査、許可、認可、試験、入札、交渉、渉外、争訟等の事務に関する情報であって、公にすることにより、当該若しくは同種の事務の目的が達成できなくなり、又はこれらの事務の公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼすおそれのあるもの」は文書の公開をしないことができる旨を定めており、(イ)当該情報の内容が、府機関等が行う調整等に関する情報であること、(ロ)当該情報公開の結果が、当該又は同種の調整等を公正かつ適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれのある情報であることの二要件を充足するときは、同条四号に該当するものとして、また、(ハ)当該情報の内容が府機関等が行う交渉、渉外、争訟等の事務(以下「交渉等事務」という。)に関する情報であること、(ニ)当該情報公開の結果が、当該若しくは同種の事務の公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼすおそれのある情報であることの二要件を充足するときは、同条五号に該当するものとして、実施機関は、これを適法に公開しないことができることが明らかである。

(2) そこで、まず、本件文書が、右(イ)、(ハ)の要件に該当するか否かについて検討すると、前記1の(二)のように、本件文書は、その作成目的、記載内容等からみて、明らかに府水道部が事業を推進し、財源の確保等のために種々の関係者と渉外、交渉、企画、調整等を行うために開催した懇談会のための経費支出明細が記載された書面であるから、そこに記載された情報は、事柄の性質上、会議の内容である情報と密接不可分であり、実質的に、本件事業を実施することに係る調整等事務及び交渉等事務に関する情報であって、右各要件を満たすものである。なお、本件条例八条四号、五号は、いずれも調整等に「関する」情報及び交渉等の事務に「関する」情報と規定しているところ、「関する」とは「係る」と対比して明らかなように、つながりが間接的な場合や、漠然とした場合など、規定すべき内容を広くとらえる場合に用いられるものであり、このことは、大阪府公文書公開等条例の解釈運用基準においても、「関する情報」とは、これらに直接使用する目的で作成し、又は取得した情報及びこれらに関連して作成し、又は取得した情報をいうと明記していることからも明らかである。

(3) 次に、本件文書が、前記(ロ)、(ニ)の要件に該当するか否かについて検討すると、前記1の(一)のように、府水道部は、第七次拡張計画に従って本件事業を実施すると共に新たな水源確保のための新規事業を検討しているものであり、このような事業活動を行い計画を策定・実施するためには、多額の財源の確保と、極めて多数の関係者の理解と協力が必要不可欠であって、そのため種々多数の事業の実施、計画策定のため開催される調整等及び交渉等事務のための会議・懇談会は、水道部として相手方に実状を訴えて、理解と協力を求めるものであり、今後も反復・継続して同種の会議・懇談会を開催する必要がある。しかして、これらの会議・懇談会は、その性質上、率直にすべてを話し、相互の立場を理解しつつ行わなければ、効果、成果をあげることができないものであり、誰が、誰と、いつ、どこで、何のために、何をどうしたという会議・懇談会とつながりを持つ事柄について、その一部なりとも第三者に知らされるかも知れないとの懸念を関係者が持つとすると、本音で話し合うことはできず、外部から干渉されない自由が保証されてこそ、目的の達成が可能になるものである。

しかるところ、本件文書記載の情報が公開されると、本件事業の調整等及び交渉等事務を行うについて、関係者の今後の自由かつ率直な意見交換が妨げられるばかりか、信頼関係も損ない、関係者の理解と協力、そして必要な情報が得られなくなるなど、水道部の事務・事業の公正かつ適切な執行に著しい支障が生ずるおそれがある。

(4) したがって、本件文書は、前記各要件を満たすものであり、本件条例八条四号、五号に該当する。

四  被告の主張に対する原告の認否

1  被告の主張1の事実は知らない。

2  同2の事実中、本件条例の各規定の内容は認めるが、その余の事実は否認し、その主張は争う。

五  被告の主張に対する原告の反論

1  本件条例の理念及び目的、実施機関の責務

(一) 国民の知る権利ないし情報を求める権利は、憲法二一条や国際人権規約B規約一九条において宣言、確立されている。本件条例は、これらの理念を具現するものであり、その解釈運用は右理念に即して行わなければならない。本件条例は、その前文において、情報の公開は、府民の府政への信頼を確保し、生活の向上をめざす基礎的な条件であり、民主主義の活性化のために不可欠なものであること、府が保有する情報は、本来府民のものであること、このような精神のもとに、府の保有する情報は公開を原則とすることを明らかにしており、また、その一条では、本件条例の目的が、公文書の公開を求める権利を明らかにすることにより、府民の府政への参加をより一層推進し、府政の公正な運営を確保し、府民の生活の保護及び利便の増進を図り、もって府民の府政への信頼を深め、府民の福祉の増進に寄与することにあることを明らかにしている。

(二) 本件条例三条は、右目的貫徹のため、本件条例を実際に解釈し、運用する実施機関の責務として、実施機関は、公文書の公開を求める権利が十分に保障されるように、この条例を解釈し、運用しなければならない旨規定しており、この規定により、実施機関は、ある公文書に記載されている情報を、公開しないことができるか否かの判断に当たっては、公開原則に立っての適正な判断を要求されている。さらに本件条例一〇条は、部分公開についても規定を設け、できる限り最大限の公開を追及するものとし、公文書はあくまで公開が原則であるとの理念を強調している。

(三) これら本件条例の諸規定を総合して考えるとき、本件条例八条各号の規定は、まさしく例外規定であり、同条各号に該当するか否かの判断に当たっては、実施機関は、慎重なうえにも慎重な判断が要求されるといわなければならない。

2  本件条例の非公開事由の該当性について

(一)本件条例八条一号該当性について

(1) 本件条例八条一号は、法人等に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、かつ公にすることにより、当該法人等又は当該個人の競争上の地位、その他正当な利益を害すると認められるものを非公開としたものである。右規定の趣旨は、被告は、許認可、補助、調査等の職務の執行として事業者の意向にかかわらず、事業を営む者の情報を収集できる立場にあり、その中には事業者の意に反した、あるいは事業者にとって不都合な情報も含まれるところ、前記1のような本件条例の理念からすれば、その情報も、原則的には公開されるべきものではあるが、しかし、事業を営む者は、雇用の場の確保、社会への財やサービスの供給、社会費用の分担等を通じて、社会全体の利益に寄与しており、その適正な活動は、社会の維持存続と発展のために尊重保護されなければならない。そこで、営業の自由の保障、公正な競争秩序の維持等のため、社会通念に基づき判断すると、競争上の地位を害すると認められる情報、その他事業を営む者の正当な利益を害すると認められる情報については、公開しないことができるとしたものである。

(2) 右のような本条号の趣旨からすれば、本条号にいう情報とは、被告が許認可、補助、調査等の職務として事業を営む者から収集した情報に限定して解釈すべきであるところ、本件請求に係る情報は、被告の職員が飲み食いをした懇談会費の明細が記載されている支出伝票にすぎず、このような情報は、社会通念上、被告に関する情報であって、事業者に関する情報とはいえないし、そこにかかわる第三者に関する情報があったとしても、それは被告の職務として収集されたものでも、また職務を通じて収集されたものでもなく、かかる情報まで非公開にすることは条例の趣旨に反した不当な拡大解釈である。

(3) 次に、本件請求に係る情報は、支出伝票であり、それが公表されたとしても、事業を営む者の適正な活動が害されたり、公正な競争が害されるということは考えられないから、それを公にすることにより、当該法人等又は当該個人の競争上の地位その他正当な利益を害すると認められるものでもない。なお、被告は、右情報が公開されれば、接客業者の営業実態が明らかになり、事業活動に重大な支障が生ずる旨主張するが、接客業者にとって、一顧客である被告が、特定の年月日に飲食したことを明らかにしたとしても、それは接客業者からみれば、営業内容の一部が公開されたとはいえても、いまだ営業の実態が公表されたというものではなく、事業活動に重大な支障が生ずるとは考えられない。また、被告は、接客業においては、顧客及びその利用内容をみだりに公表しないことが信用の重要な部分であるとするところ、本件では、右のような点が問題となっているわけではなく、むしろ顧客である被告の方がどこで懇談会費を支出したかを公表するものであり、顧客が、自分の利用先飲食店を公表することは、顧客の支配情報として、社会通念上了承されていることである。

(4) このように、本件文書の記載に係る情報が、本件条例八条一号に該当しないことは明白である。

(二) 本件条例八条四号、五号該当性について

(1) 本件条例八条四号が非公開とする情報は、府機関等が行う調整等に関する情報であり、具体的には、行政内部で十分検討協議がなされていない意思形成過程の情報や精度の点検がされていない情報、各種会議、意見交換の内容の記録等で、かつ公開することにより、自由な意見交換が妨げられるもの等をいい、また、同条五号が非公開とする情報は、府機関等が行う交渉等の事務に関する情報であり、具体的には、立入検査の要領や試験問題などのように、事務事業の性質、目的等からみて、執行前あるいは執行過程で情報を公開することにより、当該事務事業の実施目的が失われるようなもの等をいうが、本件請求に係る情報は、単に経費の支出関係を示すにすぎないもので、右各号に文言上も該当しないし、また、意思形成過程における情報や、会議の中身に何ら影響する情報でもなく、また、その公開により、当該事務事業の実施目的の達成ができなくなるようなものでもない。

(2) 被告は、本件文書は、支払先等、開催目的等の情報の記載があり、このような情報は、事柄の性質上会議の内容である情報と密接不可分であるから、会議に関する情報と解され、また右会議は、渉外、交渉、調整等のために行われるので、右会議に関する情報は、調整等及び交渉等事務に関する情報であるという。しかし、被告によれば、本件文書記載の情報の内容は、懇談会費用の支払先、支出金額、請求年月日、請求明細、懇談会開催日、開催目的、出席者数ということになるところ、通常、懇談会といわれるものは、会議だけの場合、会議に飲食が伴うもの、飲食だけのものに分けられるが、会議だけの場合、その費用の内容は、会場代や、コピー代などが主たるものであり、その費用の支払先、支出金額、支出年月日、開催日等が明らかにされたとしても、会議の内容を推測することさえ不可能であるし、また飲食の場合も、その飲食費の内容が明らかにされたとしても、会議の場合と同様、その内容を知ることはできない。次に出席者数についても、出席者の肩書や氏名が記載されていればともかく、単に人数が書いてあるだけでは、会議の内容を推測することもできない。さらに開催目的についても、本件文書の書式等からすれば、そこに目的として記載される内容は、「第七次拡張事業について」等の一般的な内容か、せいぜい会議のテーマを簡潔に記載する程度と考えられ、右事業に関連したことが会議のテーマであろうということしかわからないし、また、会議のテーマが具体的に推測しうる場合であっても、その話し合いの具体的な内容まで明らかになるものではない。

このように、本件文書に記載されている情報からは、会議の具体的内容を窺い知ることはできず、このような情報は会議の内容である情報と密接不可分であるとはいえない。

(3) 被告は、本件文書が公開されると、関係者の今後の自由・率直な意見交換が妨げられるばかりか、信頼関係も損ない、関係者の理解と協力そして必要な情報が得られなくなるなど、府水道部の事務事業の公正かつ適切な執行に著しい支障が生じるおそれがあるというが、前記のように、本件文書の公開によっては、会議の具体的内容は一切明らかにされないだけでなく、関係者の肩書、氏名も一切明らかにされないのであるから、被告が主張するようなおそれは全くない。なお、右のように客観的にみれば、自由な意見交換や信頼関係を損なうことは有り得ないが、関係者の心情として、たとえ懇談会の日時場所だけでも明らかにされることを嫌い、それを明らかにすることが関係者との信頼関係を現実問題として破壊するおそれがあるというのであれば、そのような関係者の主観的な感情に依拠した信頼関係は、国民主権や、国民のための行政からくる基本的権利としての知る権利の保護との比較では、そもそも法的な保護に値しないといえるし、ひいて、本件条例八条四号、五号の「公正かつ適切」(な執行に著しい支障が生ずるおそれがある)という要件にも該当しない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二1  同2の(一)の事実は、本件請求に係る情報の内容を除いては、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証によれば、本件請求に係る情報の内容は、「昭和五九年一二月(本件期間)に府水道部が支出した懇談会費用について、その支出年月日、支払先、金額、出席者名、会議の目的の各件別の明細(第七次拡張事業分を含む。)」というものであることが認められる。

2  同2の(二)、(三)の事実は、当事者間に争いがない。

三そこで、本件文書が、本件条例の非公開事由に該当するか否かについて順次、判断する。

1  府水道部の事業内容と本件文書の成立経緯・内容

〈証拠〉を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  府水道部の事業内容

(1) 府水道部は、府の機関であって、地方公営企業法に基づき、上水道、工業用水道事業を営むものであるところ、府水道部では、増大する水需要に対応するため、昭和二三年から本格的な上水道の拡張事業に取り組み、以降、総事業費一九二三億円を費し、六次にわたる拡張事業を行い、現在では府下二九市七町に日量二〇〇万立方メートルにのぼる飲料水を供給すると共に、工業用水の供給事業についても昭和三四年以降現在に至るまでに総事業費三四八億円を費し、日量八五・五万立方メートルの工業用水を供給しているが、水需要は、益々増大しており、それに対処するため、第七次拡張事業(本件事業)を計画し、昭和五五年度からその事業を推進している。

(2) 本件事業は、昭和七〇年度を目途に、新たに給水対象となる市町村を含めた送水管路の拡張整備、万博公園浄水池や広域浄水池の新規建設、村野階層浄水場の増設、総合水運用システムの整備などの事業を、水道法五条の二に基づく府の広域的水道整備計画の一環として、また、右計画につき、国による特定広域化水道施設整備計画の認定を得て(右計画認定により、国庫補助の比率が三分の一に高まる。)行うものであり、完成すると、給水対象地域は、三〇市一〇町一村と、大阪市、能勢町、豊能町を除く府下全域に拡大し、給水能力も日量二六五万立法メートルに拡大し、府下需要の八割の供給が可能となる。

(3) 本件事業は、総事業費二七九〇億円(国庫補助金、企業債、一般会計出資金等を財源とするもの)にのぼる大規模事業であり、かつ、浄水池の建設、送水管の敷設、用地買収等多岐にわたる事業であって、かかる事業の推進、財源の確保のためには、買収用地等の権利者、工事対象地の近憐住民等のほか、府議会、関係する中央省庁、府の他の部局等種々の関係者との渉外、交渉、調整のための会議・懇談会(以下「懇談会等」という。)を開催する必要があり、その中には、外部の飲食店等を利用する必要がある場合も多い。

(二)  本件文書の成立経緯・内容

(1) 前記(一)のような、府水道部の事務・事業の遂行上、外部の飲食店等を利用するなど、経費を伴う懇談会等を開催する必要がある場合については、その会議・懇談会を主催する課において、支出科目を会議費として、経費支出伺(乙第八号証の書式によるもの)を作成し、主催課の課長及び総務課長の決済(金額が一〇〇万円未満の場合、一〇〇万円以上の場合は、次長決済となる。)を経て、府水道部として、当該懇談会の開催についての公式な意思決定がなされる。右手続を経て、経費を伴う会議・懇談会が開催された後に、当該懇談会等で利用した接客業者から飲食費用についての請求書(債権者請求書)が送られてくると、主催課では、右請求書を添付した支出伝票を発行し、課長代理が、右支出伝票と前記経費支出伺とを一体として内容を点検のうえ決済した後、会計課長に支出伝票が回付され、内容を確認、点検のうえ、支払がなされ、支払手続を了した支出伝票(債権者請求書、経費支出伺添付のもの)は、懇談会等の発議課に返送され、保管されることになる。なお、右懇談会等の開催については、右のような形で事前の決済手続を経る場合がほとんどであるが、緊急の場合等は、事後に右決済手続を経る場合もあった。

(2) 本件期間当時、府水道部で、作成されていた右経費支出伺(乙第八号証の書式)の表面には、起案者氏名、起案、決済の日付、文書番号等を記載し、決済印を押捺するようになっており、その裏面には、経費を伴う会議・懇談会の目的、期間又は時期、場所、債権者、経費支出予定額、支出科目、算出方法を記載する。なお、右目的の欄は、二行(用紙はB5版横書)であり、そのスペースの関係もあって、右目的欄の記載は、通常、「七次拡張工事にかかる諸問題についての懇談会」、あるいは「七次拡張事業の推進のため」といったような概括的、抽象的表現による記載が多いが、起案担当者によっては、もう少し具体的な記載をすることもあり、ときには懇談の相手方の名前を記載する場合もあった。また、右債権者の欄には、当該懇談会等に利用した接客業者(以下「接客業者」という。)の氏名が、経費支出予定額の欄には、その飲食費用の合計額が、算出方法の欄には、その懇談会等の出席者数が、府側何名、相手方何名という形で記載される。なお、出席者については、前記のように開催目的の欄に記載される場合があるほかは、右算出方法の欄にも、具体的な相手方の名前は記載されないが、経費支出伺につき総務課の決済を得る際には、口頭で、出席者の具体的な氏名が申告されるのが通例であった。

(3) 本件期間当時使用されていた債権者請求書(乙第七号証の書式)は、宛先(府水道部あるいはその課名が記載されると考えられる。)と請求合計金額の欄が上段に、その明細欄が下段にあって、明細欄は、月日、品名、数量、単価、金額、摘要欄から成る、ごく通常一般の請求書であって、懇談会の名称、顧客の氏名等は記載されない。また、本件期間当時、府水道部で作成されていた支出伝票(乙第六号証の五の書式)は、支払方法欄、決済印欄、科目欄等、主として会計処理手続上の各欄から成り、懇談会等の内容に関する記載としては、支払先(接客業者)の住所・氏名の欄と、懇談会等の目的を記載する摘要欄のみであるが、右摘要欄は、縦二センチ位、横三・五センチ位のスペースであり、前記の経費支出伺の目的欄よりもさらに簡略な懇談会等の目的しか記載されないと考えられる。

(4) このように、本件文書は、経費支出伺、債権者請求書が添付された支出伝票であるが、本件文書の記載から知ることのできる懇談会等の内容としては、懇談会等の開催日、懇談会等の概括的、抽象的な開催目的、その出席者数と府側及び相手方との人数内訳、懇談会費用の支払先である接客業者の住所・氏名、その飲食費用の金額及び請求明細、右請求及び支払の年月日、その飲食費用の請求明細であり、ときには右開催目的の欄に出席者の名前が記載される場合もあるものの、一般的には、懇談会の出席者の住所・氏名は特定されず、また、いずれにせよ、懇談会等で話し合われた具体的内容等は、本件文書の記載からは全く不明である。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  本件条例の趣旨、目的等

(一)  本件条例は、その前文において、情報の公開は、府民の府政への信頼を確保し、生活の向上をめざす基礎的な条件であり、民主主義の活性化のために不可欠なものであること、府が保有する情報は、本来は府民のものであり、これを共有することにより、府民の生活と人権を守り、豊かな地域社会の形成に役立てるべきものであること、本件条例は、このような精神のもとに、府の保有する情報は公開を原則とし、個人のプライバシーに関する情報は最大限に保護しつつ、公文書の公開等を求める権利を明らかにすることにより、「知る権利」の保障と個人の尊厳の確保に資するとともに、地方自治の健全な発展に寄与するために制定されたものであることを明らかにし、また、その一条においても、本件条例の目的が、右のようなものであることを宣言しており、基本的に憲法二一条等に基づく「知る権利」の尊重と、同法一五条の参政権の実質的確保の理念に則り、それを府政において具現するために制定されたものと認められる。

(二)  本件条例は、右のように、府の有する情報は公開を原則としながらも、その八条一号ないし六号において、公開しないことができる公文書を列記し、またその九条一号ないし三号において、公開してはならない公文書を列記しているところ、右(一)のような本件条例の趣旨、目的、理念に照らせば、右各非公開事由に該当するか否かの判断は、個人のプライバシー等の保護には最大限の努力を払いつつも、条文の趣旨に即し、厳格に解釈されなければならないことはいうまでもなく、ことに主として府の行政執行上の利益の保護を図って制定されたと考えられる八条四号、五号等の解釈に当たっては、そこで保護されるべき利益が実質的に保護に値する正当なものであるか否か、また、その利益侵害の程度が、単に行政機関の主観においてそのおそれがあると判断されているにすぎないのか、あるいはそのような危険が具体的に存在することが客観的に明白であるといえるか、さらに右のようなおそれがあるにしても、逆にそれを非公開とすることによる弊害はないか、また、公開することによる有用性や利点はないか等を総合的に検討することが必要であることはいうまでもない。けだし、情報公開条例が、過去において、行政機関の保有する文書が、行政庁側の種々の名目のもとに、ややもすれば恣意的・濫用的に秘密扱いされ、住民の知る権利を妨げ、ひいて地方自治の健全な発展を阻害する面のあったことに鑑み、それらの弊害を除去するために制定されたことは公知の事実であり、そのようにして制定された情報公開条例の非公開事由該当性を、もっぱら行政機関の側の利便を基準に、その主観的判断に基づいて決するとすれば、その範囲が不当に拡大する危険性があり、ひいて情報公開制度の実質的意味が失われることはいうまでもないし、また、文書を公開することによって生ずる支障にのみ目を奪われ、それを非公開とすることによる弊害や、公開することによる有用性、利点になんら意を用いなければ、情報公開制度の運用がいたずらに硬直化したものとなり、ひいて将来的、長期的にみた地方自治の健全な発展が望めないこととなるからである。

(三)  そこで、以下、右のような観点から、本件文書が、本件条例の非公開事由に該当するか否かについて検討する。

3  本件文書の本件条例の非公開事由該当性について

(一)  八条一号該当性について

(1) 本件条例八条一号は、「法人(国及び地方公共団体その他の公共団体を除く。)その他の団体(以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、公にすることにより、当該法人等又は当該個人の競争上の地位その他正当な利益を害すると認められる(人の生命、身体若しくは健康に対し危害を及ぼすおそれのある事業活動又は人の財産若しくは生活に対し重大な影響を及ぼす違法な若しくは著しく不当な事業活動に関する情報を除く。)」情報が記録された文書については公開しないことができる旨を定めた規定であり、成立に争いのない乙第二号証(府公文書公開等条例の解釈運用基準―昭和五九年九月府作成―以下、単に「運用基準」という。)を参考としつつ、本条号の趣旨を審究すれば、本条号は、府は、許認可、補助、調整等の事務・事業を通じて、事業を営む者の情報を収集しており、これらの情報は、事業を営む者から収集したものであっても、原則として公開するが、しかしながら、事業を営む者は、雇用の場の確保、社会への財やサービスの供給、社会費用の分担等を通じて、社会全体の利益に寄与しており、その適正な活動は、社会の維持存続と発展のために尊重、保護されなければならないとの観点から、営業の自由の保障、公正な競争秩序の維持等のため、社会通念に基づき判断すると、競争上の地位を害すると認められる情報その他事業を営む者の正当な利益を害すると認められる情報については、一定の場合を除き、公開しないことができるとしたものと解され、具体的には、生産技術等に関する情報(特許によるものを除く。)、販売、営業等に関する情報、経理、労務管理等に関する情報、信用上不利益を与える情報等がこれに該当すると解される。

(2) そこで本件文書が、本条号に該当するか否かについて検討するに、前記1認定の事実によれば、本件文書に記載されるのは、懇談会等に使用された飲食店等の場所、名称とその飲食に係る料理等の売上単価及び合計金額のみであり、それ以上に当該飲食店を経営する接客業者の営業上の有形、無形の秘密、ノウハウ等、同業者との対抗関係上、特に秘匿を要するような情報が記載されているわけではないこと、また、地方公共団体の一部門たる府水道部による利用の事実が公表されたからといって、特に当該接客業者が社会的評価の低下等の不利益を被るとは認めがたいこと等からすれば、本件文書に記載されている情報が、公開されたとしても、それによって、当該接客業者の競争上の地位その他正当な利益が害されるとは認めがたい。もっとも、本件文書が公開されれば、府水道部が当該接客業者を利用する際の料理等の売上単価が明らかになり、それによって、他の接客業者が、より安い価格で、府水道部の利用を求めるなど、競争の激化の可能性が全く考えられないわけではないが、それは自由競争の原理に立つ社会において、まさに公正な競争秩序にほかならず、それを避ける利益が、本条号にいう「競争上の地位その他正当な利益」に当たらないことはいうまでもない。

(3) 被告は、接客業の場合は、顧客先、その取引内容(単価等)、集金状況等が、営業実態そのものに係る重要な情報であるうえ、接客業においては、その顧客及び利用内容をみだりに他に公表しないことが信用の重要な部分を占めているのであるから、本件文書の公開は、当該接客業者の取引上・経営上の秘密を侵すとともに、その事業活動や、当該接客業者の信用・社会的評価にまで影響を及ぼす旨主張する。

しかしながら、接客業の場合、その顧客先や利用内容等が、営業実態の一部をなす情報であること及びそれらをみだりに公表しないことがその信用の重要な部分を占めることはたしかであるが、本件では、その顧客先や利用内容等のすべてを明らかにするわけではなく、数ある顧客の中の一顧客に過ぎない府水道部の、それも特定の期間の利用状況を明らかにするだけであるから、それによって、その営業実態のすべてが明らかになり、取引上・経営上の秘密が侵されるとはいえないことは明らかである。

また顧客先等の公表の点についても、本件は、接客業者の側から、その顧客先を公表する場合ではなく、その利用者の側から利用の事実を公表する場合であるから、右公表が当該接客業者の営業上の信用の失墜につながるものでないことはいうまでもない。なお、被告は、過去に接客業において、取引関係が公になったことにより廃業し、あるいは店名変更を余儀なくされた事例も存する旨主張するが、右事実を具体的に認めるに足る証拠はなく、それがいかなる事例であるのか全く不明であるから、この点も、右判断に影響を及ぼすものではない。

(4) したがって、本件文書は、本件条例八条一号には該当しないというべきである。

(二)  八条四号・五号該当性について

(1) 八条四号・五号の趣旨

① 本件条例八条四号は、府機関等「が行う調査研究、企画、調整等に関する情報であって、公にすることにより、当該又は同種の調査研究、企画、調整等を公正かつ適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれのある」情報が記録された文書を公開しないことができる旨定めているところ、運用基準を参考としつつ、同条号の趣旨を審究すれば、同条号は、行政機関における意思形成過程は、情報の収集、調査、企画、調整、内部的な打合せ、関係機関との研究、検討、協議等を繰返しながら行われるものであり、その過程の情報の中には、公文書としての決済、閲覧こそ終了しているが、それが意思形成過程の一場面に過ぎないため、行政機関内部で十分検討、協議がなされていない情報や、精度の点検がされていない情報などが含まれている場合があり、これらの情報(以下「意思形成過程情報」という。)が公開されることにより、府民に誤解、混乱を与えたり、行政内部の自由率直な意見交換が妨げられたりするおそれがあるので、これらを防止するとともに、当該調査研究、企画、調査等(調整等事務)が終了した後においても、公開すると同種の調整等事務を公正かつ適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれのあるものは、これを公開しないことができるとするものとしたと解され、具体的には、行政機関内部の検討案等、調査研究におけるノウハウ、調査内容等、各種会議、意見交換の記録、資料等、行政運営上の必要な調整、協議等に関する情報等がこれに該当すると考えられる。

② 本件条例八条五号は、府機関等「が行う取締り、監督、立入検査、許可、認可、試験、入札、交渉、渉外、争訟等の事務に関する情報であって、公にすることにより、当該若しくは同種の事務の目的が達成できなくなり、又はこれらの事務の公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼすおそれのある」情報が記録された文書を公開しないことができる旨定めているところ、運用基準を一つの参考としつつ、同条号の趣旨を審究すれば、同条号が文書の非公開を定めている理由は、(イ)行政機関が行う事務・事業の中には、取締り・立入検査の要領や試験問題などのように事務・事業の性質、目的等からみて、執行前あるいは執行過程で、情報を公開することにより、当該事務・事業の実施の目的を失い、又は公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼし、ひいては府民全体の利益を損なうものがあること、また、(ロ)行政機関が行う交渉、渉外、争訟等の事務(交渉等事務)は、その性質上、一時に処理しうる事柄ではなく、最終的な合意の成立あるいは紛争の解決に向けて、関係者間で継続的な折衝と調整が必要とされる事務であるところ、右折衝、調整等の過程で出された種々の意見等(以下「折衝過程意見等」という。)を逐一明らかにすることとすると、自由な発言、意見交換等が妨げられ、ひいて、最終的な合意の成立あるいは紛争の解決も困難となること、また、これら対外的な交渉等事務を行うについては、行政機関内部で意見を統一し、それに対する計画、方針を立て、対応策を検討する必要があるが、それらの計画、方針、対応策(以下「対応策等」という。)が事前に明らかになっては、当該交渉等事務の適切、有効な処理に支障をきたすうえ、ある程度反復、継続して生ずる可能性のある交渉等事務の場合には、当該交渉等事務の終了した後も、その対応策等を公開しては同種事案の処理に支障をもたらす可能性のあること等にあると考えられ、右(イ)に関する具体例としては、取締、監督、立入検査に関する情報、試験、入札に関する情報等がこれに該当し、右(ロ)に関する具体例としては、交渉、渉外に関する情報、争訟に関する情報等がこれに該当すると解される。

(2) そこで本件文書が、本件条例八条四号・五号に該当するか否かについて検討するに、本件文書に記載される情報が、本件条例八条五号にいう「取締り、監督、立入検査、許可、認可、試験、入札等の事務に関する情報」に当たらないことは明らかであるし、右情報は、懇談会等の開催日時、場所、その概括的、抽象的な開催目的、その出席者数、飲食費用の金額等、いわば懇談会等開催の外形的事実のみであり、それ以上に、当該懇談会等の個別的、具体的な開催目的や、そこで話し合われた事項等、その実体的内容を明らかにするものではないこと、なお、本件文書の懇談会等の開催目的にその出席者の氏名が記載されたり、あるいはその開催目的がある程度具体的に記載された場合などは、それらの記載から、当該懇談会の内容がある程度推測される場合もあると思われるものの、それによって推知できる内容は、懇談会等の開催目的や、協議のテーマ等から推測される範囲の、限定的かつ抽象的な事項にとどまると考えられるのであるから、右のような種類の情報が本件条例八条四号で非公開の対象としている意思形成過程情報に当たるとは考えられないし、また、本件条例八条五号で非公開の対象としている折衝過程意見等あるいは対応策等に当たるとも考えられない。なお、被告は、本件文書記載のような懇談会等の経費支出明細等を記載した書面は、事柄の性質上、会議の内容である情報と密接不可分であるから、本件条例八条四号の調整等事務及び同条五号の交渉等事務に関する情報に当たるとするところ、たしかにその両者はある程度関連性を有することは否定できないにしても、なにゆえにその両者が不可分であるかについての具体的論証は何らなされていないし、本件文書の記載内容等に照らし考えても、右のような懇談会等開催の外形的事実と、その協議内容等の実質が分離できないとする合理的根拠はないと考えられるから、右主張は理由がない。

(3) もっとも、府水道部の行う事業は、その性質上、極めて多岐にわたるものがその中に含まれることは前記1の(一)認定のとおりであり、そのような事業を遂行する上で開かれる懇談会等の中には、未だ行政機関内部で、十分検討、協議がなされていない事項について、事前の折衝、調整、協議等を重ねる必要があるため開催される懇談会や、対外的な交渉等の事務を行うについて、最終的な合意の成立に向け、継続的な折衝、調整等を行うための懇談会等、また、それに向けて行政機関内部で意思を統一し、それに対する計画、方針等を立てるための懇談会等もあると思われ、それらについては、一定の段階に達するまでは、特定の範囲の関係者と懇談会等を開催すること自体、あるいは懇談会等の名称、目的自体を秘匿して計画を進める必要のある場合も全く考えられないではなく、このような種類の懇談会等については、懇談会等の開催目的や、そこから推知できる懇談会の出席者自体が、意思形成過程情報の一部あるいは折衝過程意見等ないしは対応策等の一部として、本件条例八条四号・五号に該当するように思われないでもない。

(4) しかしながら、右のような、懇談会等の名称、目的、出席者等、懇談会等の実体的内容を成すものではない、いわば懇談会等開催の外形的事実までが、本件条例八条四号・五号の本来的に予定する意思形成過程情報あるいは折衝過程意見等・対応策等の範囲に含まれると解しうるかは疑問であるし、仮に、それに含まれるとみる余地があるとしても、本件条例八条四号・五号に基づき、右のような情報を非公開とできるためには、それら調整等事務及び交渉等事務に関する情報を公にすることにより、当該又は同種の調整等事務を公正かつ適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれ(同条四号)、または、当該若しくは同種の交渉等事務の目的が達成できなくなり、又はこれらの事務の公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼすおそれ(同条五号)がある場合でなければならず、また、それらは具体的かつ客観的に明白なものでなければならないところ、本件で、右のような懇談会等の開催の外形的事実を明らかにすることによって生ずる支障というのは、事柄の性質上、未だ抽象的かつ不確定な単なる憶測の域を出るものではないと考えられるし、それを越えて、そのような危険性が存在することを一般社会通念上何人にも納得、首肯せしめる程度にまで具体的に明らかにする証拠は全く存しないから、右危険性の存在が客観的に明白であるということもできない。

(5) もっとも、証人田中成忠の証言中には、本件文書が公開され、それによって、府水道部との懇談会等に係る外形的事実の一部でも明らかになれば、その懇談会等の相手方は、いずれそれにとどまらず懇談の内容等も明らかになるのではないかとの危惧を抱き、ひいて府水道部との信頼関係がなくなり、懇談会等での自由率直な意見交換が妨げられ、あるいは、さらに、それらの者が、以後、府水道部の行う会議・懇談会等に応じなくなるなどの支障が生ずるとの供述部分がある。

しかしながら、本件のような情報公開請求に伴って、懇談会等開催の外形的事実及びその金銭支出関係が明らかになったからといって、その出席者が直ちに、その懇談会等の具体的内容までが明らかになるとの危惧感を抱くか否かは甚だ疑問であるが、それはさておいても、前記2の(二)のとおり、本件条例八条四号・五号で保護されるべき府の行政執行上の利益は実質的に保護に値する正当なものでなければならないところ、本件文書に記載されている懇談会等の事実は公的な事柄に関することであり、かつその費用も、本来府民にその使途を明確にすべき公金(なお、府水道部は、地方公営企業法に基づき、独立採算制で運営されているものではあるが、水道事業は、水道法に基づく公益事業であり、事業の開始と維持、拡張等については、国庫補助等多額の公金が投資されているうえ、その事業収入の大半を占める水道料収入も、公的給付に対する対価としての性格を持つものであり、このような事業の性質からも、また、地方公営企業法上も、水道事業の業務に係る金銭が公金としての性質を持つことは明らかである。)から支出されているのであるから、府水道部において、情報公開請求による府民の求めに応じ、そのような懇談・飲食の外形的事実を明らかにし、それによって、その相手方との関係において、なんらかの行政施策遂行上の支障が出たとしても、それは、けだし事務・事業の公正な遂行上やむを得ない事態であり、不可避な支障であるというべきであって、右支障を回避するため、右懇談・飲食の外形的事実自体を全く一般府民に秘匿することを保証し、それによって、当該相手方の府水道部に対する行政施策等についての協力関係を取り付けることまでが、右各条号で保護されるべき、府水道部の行政執行上の利益とは到底解しがたい。

(6) また、前記2の(二)のとおり、本件条例八条四号・五号にいう、当該又は同種の調整等事務を公正かつ適切に行うことに著しい支障を及ぼすおそれ(同条四号)、または、当該若しくは同種の交渉等事務の目的が達成できなくなり、又はこれらの事務の公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼすおそれ(同条五号)があるか否かの判断に当たっては、文書を公開することによって生ずる右支障、弊害を検討するだけではなく、文書を非公開とすることによって生ずるおそれのある弊害や、また文書を公開することによって当該事務の公正かつ適切な執行に資する面がある場合には、そのような有用性、公益性をも総合考慮して決せられるべきところ、仮に本件文書を公開することによって、ある相手方との懇談・飲食の事実が明らかになり、それに伴い、一時的には当該相手方から行政施策上の協力を得られなくなるなどの支障、弊害が生ずるおそれがあるとしても、右のような支障、弊害をおそれる余りそれを非公開とするとすれば、右懇談に伴う飲食費の使途、明細が一般府民には全く明らかにされないままになり、それらが真に適切に用いられているか、不心要な使途がないか等を監視、検討する機会が奪われてしまうことになるという弊害が予測されること、逆に、本件文書を公開するとすれば、その使途、明細が、府民の自由な批判にさらされ、一時的には混乱や支障が生じたとしても長期的かつ将来的にみた場合、右懇談等の事務の適正化を期することができるという有用性、公益性があること、なお、これらの判断に際しては、公金による飲食を伴う懇談等が、とかく安易になされかつその範囲が拡大しがちな傾向を持つことを十分に考慮する必要のあること等を総合考慮すれば、本件では、本件文書を、非公開とすることによってもたらされる弊害及び公開することによって生ずる有用性、公益性が、本件文書を公開することによって生ずるおそれのある支障、弊害を上回って余りあることは明白であるといわなければならない。

(7) したがって、本件文書は、本件条例八条四号・五号にも該当しないというべきである。

4  以上のとおり、本件文書は、本件条例の非公開事由のいずれにも該当しないというべきである。

四よって、被告が本件文書を非公開とした本件処分は、違法であるから、これを取消すこととし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山本矩夫 裁判官及川憲夫 裁判官徳岡由美子

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